熱海における夜の街「渚町」の一角に元青線(ちょんの間)がある。
今にも取り壊されそうな程ボロボロになったバラック建ての民家が今でも生々しく残っている。
虫食いのように駐車場や空き地が広がる渚町の一角にそびえる見事なバラック群。
その多くが3階建ての住居になっているが、使われているトタン板の色や形がバラバラなのが一層怪しさを盛り立てている。
それぞれ別の住居に見えるが、よく見ると明らかに棟続きになっているのだ。
バラック住居の表側を見ると、今では普通に人が暮らしているだけの寂れた家屋でしかない事が分かる。夜になったらこっそりピンク色の怪しい光を放っていそうな佇まいだが、やっぱり何も出て来なさそうだ。小料理屋の看板も残っているが、どう見ても営業してません。
建物に近づいてみると、さらに老朽化具合の激しさが目に付く。廃屋同然に打ち捨てられた家もあって寂しいことこの上ない。
玄関ドアに貼りつけられた「十八才未満の方は立入りを御断り致します」と書かれた札が、かろうじて元青線であった事を匂わせている。
日の光も当たらない民家の間の通路に目を凝らしたが、やはり生活感の微塵も感じられない。既に気分は赤線建築巡りではなく廃墟探検モードだ。
今は路地の片側がまるごと駐車場になってしまっているが、昔は両側にバラック家屋が並んでいたようだ。いずれはこのバラックも取り壊される運命にあるのか?
海岸沿いに出ても街を練り歩く観光客の姿はない。時期が冬なのが一層寂れた感じがするのだろう。夏だったら海水浴客でもう少し賑わっていたかも知れない。
渚町の青線の歴史はいつ頃潰えたのか、詳しく知る事はできない。もしかしたら今でも細々こっそりとどこかで行われているかも知れないが、それらしいものを見る事はなかった。
温泉街と言えば社員旅行で、宴会もそこそこにストリップを見て、それからちょんの間へ押しかける、というのが昭和時代の男の儀式であり、ある意味文化でもあった。その文化自体も潰えてしまおうとしている。
渚町の市街地図を見ても廃墟と空き家と空き地だらけであることが一目瞭然となっている。昭和51年の熱海市街地の航空地図と見比べると、街の変化がある程度は確認できる。
もう一回、夜も更けた頃にバラック家屋の前にやってきたものの、こっそり営業している店があるわけもなく、ひたすらしなびた様子を見せていただけだった。
現在の熱海を見てみると表向きには数軒のソープランドやらファッションヘルスが残っているだけで、実に寂しい現状である事が分かった。
全国各地の温泉街も、みな熱海と似たような状況になっているのだろう。街の灯が消える前に、出来るだけ多くの場所を訪れて、泥臭い昭和の空気を浴びたいと願う日本DEEP案内取材班なのであった。













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