日本DEEP案内でタグ「バラック建築」が付けられているもの

青函連絡船があった頃の青森は常に北海道と本州を行き来する人間の姿で溢れかえっていたという。 青森駅前は戦後の闇市の名残りで市場や歓楽街が密集する独特の光景を見せていた。その様子は東京・お台場の「船の科学館」附属展示である青函連絡船羊蹄丸の船...[全文を読む]
青森駅前の繁華街は長らく戦後の闇市の名残りが続いていた光景が見られていたのだが、再開発ビルの建設などで駅から見える部分はかなり小奇麗に変わってしまった。 しかし駅から南に徒歩3分程度の場所にある「第三新興街」という飲食街では、未だにバラック...[全文を読む]
青森駅前、古川市場ののっけ丼に朝っぱらから舌鼓を打ち適度に食欲を満たした後は、古川市場のすぐ近くに今も残る歓楽街の様子を見に行く事にした。 青森駅前の再開発ビル「アウガ」の南側、古川市場の手前に「ニコニコ通り」という古びた商店街が並んでいる...[全文を読む]
下北半島・むつ市において、市役所や繁華街などが集まる中心は田名部(たなぶ)という街である。 南部藩時代に代官所が置かれた田名部は現在まで下北半島の中心地として街の歴史を刻んでいる。 田名部へはかつてJR大湊線下北駅から下北交通大畑線という鉄...[全文を読む]
存在自体が最果て感全開な青森県でもさらに最果ての土地が下北半島である。その島の形からまさかり半島とも呼ばれる。その下北半島の中心となる街がむつ市だ。 本州最北端の市となるむつ市の中心市街地は大湊と田名部の2ヶ所に分かれる。大湊は戦前から軍港...[全文を読む]
県庁街や繁華街が集まる仙台の中心地、地下鉄勾当台公園駅南西側の一番町四丁目商店街に隣接して、戦後の名残りを留める「東一市場」が現存している。東一とは商店街がある「東一番丁通」から来ている。 東一市場は戦後のバラック市場が元で、そのうち一条通...[全文を読む]
仙台最大のバラック建築群、中央市場・壱弐参(いろは)横丁を一巡してきた。ここには2本のメイン通路の他に、南側中央部分に少しだけ開けた広場のようなスペースがある。 広場になったスペースに入ると、その正面には赤い街灯が目立つオンボロ家屋と壱弐参...[全文を読む]
戦後の闇市を思い起こす広大なバラック建築群が生々しく残る仙台一番町の「壱弐参横丁」こと中央市場。 しかし実際に訪れてみると殊の外「若者向け」なお洒落系ショップが多い事に気がつく。東北大学が近い学生街という事と、商店街再生プロジェクトとして地...[全文を読む]
壱弐参横丁こと中央市場の通りを端まで歩いて反対側に出てきた。南光院丁に面していて、正面に東二番丁小学校がある。 こちらは商店街側とは違って古い居酒屋の姿が目立つ。こう見えても意外に人通りも多く、日が暮れる前から店を開けている居酒屋も少なくな...[全文を読む]
JR仙台駅から徒歩10分、青葉通りから東北大学方面にサンモール一番町商店街を南下すると左手に現れる巨大バラック建築、通称「壱弐参(いろは)横丁」。 全長約120メートル、2つの通路に4列、約100店舗がひしめき合うバラック市場の成り立ちは例...[全文を読む]
熱海における夜の街「渚町」の一角に元青線(ちょんの間)がある。 今にも取り壊されそうな程ボロボロになったバラック建ての民家が今でも生々しく残っている。 虫食いのように駐車場や空き地が広がる渚町の一角にそびえる見事なバラック群。 その多くが3...[全文を読む]