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【和歌山とトルコ】絶滅したはずの「トルコ看板」が残っててトルコ人もビックリ!和歌山・新雑賀町ソープランド街 (全3ページ)

築地通りから中ぶらくり丁、銀座通を隔てた先には大門川に架かる雑賀橋がある。

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アッー!禁断のエキナカハッテン場…「上野駅13番線ホームトイレ」観察記

昔は東北人のターミナルとして馴染み深かった上野駅、今も東京における一大セクースカルチャー拠点として駅の周辺には怪しい風俗ビルやらハッテン場やら訳のわからないマッサージ屋などがひしめいている暗黒街。そんな上野駅の一角にとんでも...

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沖縄本島中部最大の比屋根ラブホ街

沖縄市南部、北中城村との境に近い比屋根(ひやごん)という地区を走っていると、本島中部最大級と言われるラブホテル街が広がっている。

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真栄原に次ぐ沖縄第二のちょんの間地帯!沖縄市「コザ吉原社交街」は今どうなっているのか

沖縄市照屋の「銀天街」からコザ十字路の対角線上にある美里地区。ここは戦後成立した米兵向け歓楽街であった照屋から追い出された白人向けの店舗が新しく特飲街を建設した所で、それがいつしか白人から琉球人相手の「ちょんの間」へと発展した。

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【ラブホ列伝】”法律により未成年者入室禁止”の注意書きがリアルな沖縄の自動車ホテル「山谷園」に泊まった

全国的に少子高齢化が進む日本だが、その中の数少ない例外が沖縄県である。2014年度の合計特殊出生率が全国平均で1.42となっている中で、沖縄県だけは1.86と全国一位をキープしている。それでも2.0を超えなければ人口減少は避けられないのが現...

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壊滅させられてしまった沖縄最強のちょんの間ゾーン「真栄原社交街」・2011年版 (全3ページ)

戦後の沖縄には日本本土とは全く違った歴史がある。それは1972年に沖縄が日本に返還されるまではアメリカによって統治されていた事だ。戦後20年余り「太平洋の要石」と呼ばれる沖縄各地に極東軍事戦略を目的に無数の米軍基地が置かれ、またそこに駐留す...

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漫湖水鳥湿地センターに行ってラムサール条約で守られた湿地帯を見てきまんこ

那覇市と豊見城市の境に広がるラムサール条約湿地「漫湖」をじっくり眺めるためにやってきた訳だが、那覇市側からある漫湖公園からだと湿地帯である漫湖の様子が茂みに隠れていたりしてよく見えないので、少し移動して豊見城側から眺めてみる事にした。本...

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ラムサール条約で有名な「漫湖公園」へ遊びに行ってきまんこ

那覇市の南側、豊見城市と境界を接した一帯にラムサール条約で保護された干潟「漫湖」がある。漫湖...そこは湿地帯になっている...内地の人間にはとても口に出して読むのが憚られるその艶めかしい名前の湖の畔に、那覇市民の憩いの場である漫湖公園...

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フェリーターミナルとまりんの前に安宿&風俗街!那覇市「前島三丁目」界隈を歩く

那覇港の泊埠頭ターミナルに隣接する前島三丁目は離島への旅行者向けなホテルがずらりと建ち並ぶちょっとしたホテル街になっている。

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那覇若狭波の上ビーチ (3) 場末の激安ホテル街

那覇市若狭、波の上ビーチや波上宮、対馬丸記念館などがある場所に隣り合って大規模なラブホ街が形成されている一角をさらに練り歩く事にしよう。久茂地の県庁前から臨港道路へとぶつかる幅広道路が若狭の街を東西に二分している。目の前が広い空き地にな...

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那覇若狭波の上ビーチ (2) ホテルニューまんぞく

沖縄県総鎮守・波上宮がそびえ立つ波の上ビーチから一歩中に入った若狭の一帯は那覇市内髄一のホテル街である。波の上ビーチを出た正面からいかにもなホテルが路地に密集しているのが見える。内地でも見かけるモロにラブホテルな外観のものもあれば、地味...

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うちなーピンクタウン!沖縄唯一の遊郭「辻」は現役ソープランド街でした (全4ページ)

那覇には「辻」という場所がある。日本語の四つ角の意味の辻ではなく、琉球の言葉で「高い所」「頂」を意味するチージという言葉に基づく地名だ。チージは琉球王朝時代から戦時中まで420年近く続いてきた伝統的な遊郭だった。そこは内地の遊郭とは違い、色...

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那覇の歓楽街・松山界隈を歩く (2)

松山の歓楽街を那覇商業高校方面に抜けると久茂地の県庁前から波の上ビーチへ続く道に出る。もうここまで来ると街並みは歓楽街のそれではない。道沿いには中国庭園「福州園」の異国情緒溢れる外壁が続いている。向かいには松山公園。さっきまで怪しいスナ...

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那覇の歓楽街・松山界隈を歩く (1)

熾烈な沖縄戦の末、街中が焼け野原になった戦後の那覇の歓楽街は、最初に米軍の立ち入り禁止区域から除外された壺屋の神里原社交街から始まり、次いで桜坂社交街あたりが開け、波の上や松山などどんどん海側へシフトしていった。今の那覇市内で一番の夜の...

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うちなー赤線地帯の夜は怪シーサー!那覇のちょんの間ゾーン「栄町社交街」を歩く (全3ページ)

戦後の闇市から始まる歴史ある「栄町市場」に隣接して、夜の盛り場「栄町社交街」が広がっている。栄町市場を含めたこの一帯、焼け野原の跡に作られた碁盤の目の路地に沢山のスナックや飲食店が密集している。栄町という地名は行政上は存在せ...

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那覇・神里原社交街 (3) 夜の神里原

再び夜の神里原社交街へ。人通りの消えたマチグヮーを抜けて壺屋のあたりまでやってきた。ちょんの間地帯として今でも現役なのかどうかを見たかったのだ。神原大通りの入口付近に来る。この辺は夜中でも比較的賑やかな場所である。混雑する国際通りを避け...

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那覇・神里原社交街 (2) ブルートタンスナック

那覇市壺屋にある神里原社交街は戦後における那覇市街地最初の盛り場として賑わった場所だ。現在も神原大通りに沿って戦後のドサクサで出来たようなオンボロバラック酒場の成れの果てが残っていて風景が異様だ。神原大通り、那覇市の南側からマチグヮー方...

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那覇・神里原社交街 (1) 戦後沖縄の原点

那覇の中心市街地にはいくつか「社交街」と呼ばれる夜の盛り場が点在している訳だが、戦後になって形成された盛り場の中でも最も早く栄えたのが壺屋のあたりにある「神里原(かんざとばる)社交街」である。 終戦後那覇市内の全域が米軍によって接収され立入...

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那覇・竜宮通り社交街とグランドオリオン

那覇中心地の桜坂社交街の裏手、グランドオリオン通りを挟んだ隣から国際通りまでを結ぶ路地にも竜宮通りという社交街がある。ゆいレール牧志駅から国際通りに沿って歩くとすぐ左手に社交街の入口が顔を覗かせる。ここが那覇の街の表と裏の境目。ギラギラ...

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総武線亀戸駅東口・怪し過ぎる駅裏横丁を歩く

亀戸駅は総武線に加えて東武亀戸線があったり都営バスの乗り換え客が居たりして駅前の雑踏はなかなかのものである。しかしそんな人の流れとはあまり関係のない一画が亀戸駅東口から続く裏通り。北口のホルモン横丁あたりはよく知られているが、こちら側はやや...

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加賀藩遊郭の系譜・主計町茶屋街

加賀藩が金沢の街に整備した遊郭のうち有名な3ヶ所、にし茶屋街+石坂(西廓)、ひがし茶屋街(東廓)は既に訪問を済ませ、これから行く所が主計町(かずえまち)茶屋街である。この主計町茶屋街というのはひがし茶屋街から浅野川大橋を渡った向こう岸す...

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加賀藩遊郭の系譜・ひがし茶屋街

日本全国を旅行して出来るだけ訪れたいと思っている場所の一つに元遊郭や赤線といった範疇の街並みがある。戦後の売防法施行をもって近い将来必ず存在自体が抹消されてしまう運命を持つそれらの街並みを出来る限りこの目に焼き付けたいと思うからこそ向かうの...

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金沢片町バラック酒場「中央味食街」

元青線だとか色々言われる金沢・片町の「片町新天地」界隈をうろついている訳だが、新天地商店街を過ぎたさらに奥の路地にとんでもないバラック酒場が潜んでいた。その名も「中央味食街」。平屋建てバラックの酒場が二列に連なる戦後のドサクサを想起させ...

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金沢の繁華街「片町」界隈を歩く (2)

日本DEEP案内取材班初の雪国特攻シリーズとなった金沢の街歩き。北陸最大の歓楽街・金沢片町を引き続きうろつきまわってみる。香林坊から犀川大橋の手前までが片町の繁華街エリアになっている訳だが、その終端の犀川沿いの路地を歩いて行く。犀川大橋...

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金沢の繁華街「片町」界隈を歩く (1)

金沢市の中心市街地「片町」にやってきた。折りしも冬のど真ん中に北陸旅行を決行した我々だが運悪く寒波の来襲を受け、昼夜を問わず金沢の街中も凄まじい猛吹雪だった、金沢駅方面から百万石通りを南下すると片町交差点に至る。隣接する香林坊と併せて北...

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金沢の赤線地帯・にし茶屋街裏「石坂」 (4)

加賀百万石の歴史ある都市・金沢にはここ「石坂」以外にも北廓、東廓、西廓、主計町の4つの遊郭があった。 そのうち3つはすっかり観光地化されている「ひがし茶屋街(東廓)」「にし茶屋街(西廓)」「主計町茶屋街」である。整然とした茶屋街の街並みを見...

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金沢の赤線地帯・にし茶屋街裏「石坂」 (3)

観光都市金沢の表と裏の顔が隣り合う風景が見られる「にし茶屋街」に隣接する元遊郭・石坂のスナック街。今でも連れ出しスナックがぽつぽつ営業しているとの話も聞くには聞くが、昼間訪れても店自体が開いていないので確かめようがない。それよりも石坂が...

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金沢の赤線地帯・にし茶屋街裏「石坂」 (2)

金沢の観光地「にし茶屋街」に隣接する金沢市増泉一丁目界隈。昼間は普通の住宅地にスナックの店舗がちらほら見かけられる程の場所だが、昔から遊郭があり、現役でちょんの間が続いているという話もある、歴史的に金沢随一のピンクゾーンとして名を上げてきた...

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大人の文教地区、これでも文京区か!ラブホだらけの怪しい街「湯島」を歩く (全5ページ)

東京に住む人間からすれば「湯島と言えばラブホ街」と言うほど強い固定観念を抱く、その実態はどんなものかしらと我々取材班も湯島界隈の街をずんずん歩いてみる事にした次第。

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金沢の赤線地帯・にし茶屋街裏「石坂」 (1)

「北陸の小京都」の名を持つ金沢で最も風情を漂わせる、いたって観光向きな街歩きスポットとして知られる3つの茶屋街。「にし茶屋街」「ひがし茶屋街」「主計町茶屋街」の全てを訪れた。いずれも京都の祇園みたいなもんで、格式の高い料亭が立ち並ぶ芸者...

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