赤線地帯一覧

ストリップ、ソープ街、ポン引き、マントル…中国地方最強のネオン街「広島薬研堀」はヤバかった

先日、福山市で開催中の死刑囚作品展を見に広島まで遠征した時の事。ついでに寄ってみようかという事で広島市にも行って久しぶりに薬研堀あたりがどうなってるかウロウロしまくってきたのだ。福山市から広島市まで余裕で100キロ離れてるんですけど...

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広島の破廉恥タウン「福山市」の本領発揮!住吉・松浜・入船町の歓楽街を歩く (全2ページ)

広島県東部の福山市は昔の遊郭を起源にする県内屈指の盛り場があると聞いた。福山市の住吉町、松浜町、入船町あたりがそうであると聞いて、ひとまず福山駅前のアーケード商店街を抜けた所まで来た。

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これが工業都市・四日市の歓楽街だ!諏訪公園「西新地」界隈のピンクで怪しい街並み (全3ページ)

近鉄四日市駅前には県庁所在地の津市を上回る三重県下最大らしい一大歓楽街が広がっている。飲食店が密集する「二番街」やキャバクラだらけの「西新地」、そして風俗店が周囲に立ち並ぶ「諏訪公園」など見所多し。近鉄四日市駅にも程近い諏訪...

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茨城県随一の風俗密集地帯!「土浦市桜町」の破廉恥すぎる街並み (全3ページ)

東京上野から出ている常磐線は首都圏のJR沿線でも指折りのDQN路線として有名で電車の中でスポーツ新聞を広げてるオッサン率と缶ビールor缶チューハイを飲んでるオッサン率、それに車内でスルメの匂いを充満させ宴会を行うオッサン集団目撃率ナンバーワ...

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怪しい調布百店街と赤線跡「仲町特飲街」

普段あんまり乗らない京王線に乗って調布駅までやってきました。京王線を使ったのはソヘン様とオウムの居る千歳烏山以来の事である。調布という街はかつての甲州街道の宿場町。この土地にも赤線跡があると聞いてきたやってきた訳だが...調布駅と言えば...

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売春島の歴史が潰える日は近い…続・伊勢志摩「渡鹿野島」上陸記2012 (全4ページ)

三重県志摩市にある渡鹿野島は江戸時代から大坂と江戸を行き来する菱垣廻船の風待ち港として栄え、はしりがね(把針兼)と呼ばれた遊女が船乗り達の相手をしていた。その歴史が戦後にまで受け継がれ、売防法施行後も長らく「売春島」の異名で全国のスケベ男ど...

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営業中写真撮影厳禁、日本最大の現役遊郭!大阪西成のちょんの間地帯「飛田新地」を歩く (全3ページ)

大阪市西成区山王三丁目にある「現役の遊郭」飛田新地の存在はここ近年ネット上でもすっかり有名になってしまったが、改めて当サイトからもこの場所についてのレポートをお届けする。

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熊本裏名物ソープ密集地帯「中央街」でくまモンモン

九州新幹線全通によってこれまでよりググッと近くなった南九州。熊本や鹿児島方面は新幹線効果で観光客が増えているようで地元にとっては何よりな訳であるが当然表の観光名所もあれば裏もある。熊本と言えば最近は「くまモン」一辺倒でなんだそりゃといった感...

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昭和の原風景が残る広島市中区弥生町・旧東遊郭

広島の夜の盛り場・流川や薬研堀のソープ街に程近い中区弥生町、西平塚町あたりは旧遊郭地だった。戦前は軍都として栄えた広島市内には西遊郭と東遊郭があり、さらに有名な世界遺産の観光地である宮島にもあったのだが、このへんはかつての東遊郭にあたる場所...

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九州最強の昭和ブルース系ちょんの間地帯!北九州市若松区中川町「旧土井町」のバラック長屋群

明治時代から昭和の中頃まで筑豊の石炭積出港として大いに繁栄した現在の北九州市若松区、そこは港湾・土木関係の労働者が癒しを求めて訪れる遊郭が成り立ち夜の方もさぞかし華やかだったらしい。色街であった連歌町遊郭は既に存在せず、代わりに赤線地帯とし...

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防府市三田尻港・開地遊郭跡の怪しいスナック街

山口県防府市にある三田尻港は中世の頃大宰府に左遷される途中の菅原道真公が福岡へ渡る前数日間滞在し防府天満宮の縁起となった事もはじめ江戸時代には萩藩の毛利氏の水軍拠点ともなったそれはそれは大変歴史のある港町なのであるが、この三田尻港には「開地...

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県庁所在地の駅裏に東海地方が誇る巨大ソープランド街が!岐阜市「金津園」を訪ねる (全3ページ)

「名古屋の植民地」と言われる岐阜県の県庁所在地岐阜市へは名古屋駅から東海道線の新快速に乗って僅か20分という利便性の良さ。ストロー効果で経済は名古屋に吸い取られ商店街は寂れ路面電車も廃止、という泣きっ面に蜂なのが岐阜市なのだが一方で駅前には...

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戦後の青線そのまんま!南国宮崎の現役ちょんの間地帯「上野町」の艶かしい夜

宮崎の繁華街ニシタチの最も南の外れにある上野町(かみのまち)はソープ街だったり戦後のドサクサ臭が残る市場があったり色々DEEPなエッセンスの詰まったエリアだが、実はちょんの間地帯がこっそり存在しているとも言う。

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性豪・東国原前知事もお出迎え!南国宮崎で一番の歓楽街・西橘通り「ニシタチ」 (全2ページ)

我々取材班の中で宮崎市という土地は九州七県の中で最も電車で行きづらい県庁所在地であると認識していたので今まで来るきっかけもなかったのだが、大阪南港から毎日運航しているフェリーで一晩かけて宮崎まで来れてしまうのだった。まあ我々取材班は普通に車...

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函館市若松町の怪しいスナック街「セキセン」を歩く

久方ぶりに北海道の地を訪れた我々取材班。前回の中途半端な日程で行く事が出来なかった函館なども今回舐め回すように巡って来た訳だが色々収穫出来たものがあったので当サイトでもじわじわ報告していきたい。北海道の南の玄関口である函館市。神戸、...

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松山市土橋町伊予鉄土橋駅裏ちょんの間廃墟

愛媛県松山市は四国最大の都市で道後温泉という一大観光スポットを抱えている土地だがことさら風俗関係のネタになると派手で、道後にもヘルスビルだの何だのといったヤバイ歓楽街があるし中心市街地の大街道付近もド派手だ。しかし聞く所によると街外れの「土...

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真栄原に次ぐ沖縄第二のちょんの間地帯!沖縄市「コザ吉原社交街」は今どうなっているのか

沖縄市照屋の「銀天街」からコザ十字路の対角線上にある美里地区。ここは戦後成立した米兵向け歓楽街であった照屋から追い出された白人向けの店舗が新しく特飲街を建設した所で、それがいつしか白人から琉球人相手の「ちょんの間」へと発展した。

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那覇・神里原社交街 (3) 夜の神里原

再び夜の神里原社交街へ。人通りの消えたマチグヮーを抜けて壺屋のあたりまでやってきた。ちょんの間地帯として今でも現役なのかどうかを見たかったのだ。神原大通りの入口付近に来る。この辺は夜中でも比較的賑やかな場所である。混雑する国際通りを避け...

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那覇・神里原社交街 (2) ブルートタンスナック

那覇市壺屋にある神里原社交街は戦後における那覇市街地最初の盛り場として賑わった場所だ。現在も神原大通りに沿って戦後のドサクサで出来たようなオンボロバラック酒場の成れの果てが残っていて風景が異様だ。神原大通り、那覇市の南側からマチグヮー方...

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那覇・神里原社交街 (1) 戦後沖縄の原点

那覇の中心市街地にはいくつか「社交街」と呼ばれる夜の盛り場が点在している訳だが、戦後になって形成された盛り場の中でも最も早く栄えたのが壺屋のあたりにある「神里原(かんざとばる)社交街」である。 終戦後那覇市内の全域が米軍によって接収され立入...

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金沢の赤線地帯・にし茶屋街裏「石坂」 (4)

加賀百万石の歴史ある都市・金沢にはここ「石坂」以外にも北廓、東廓、西廓、主計町の4つの遊郭があった。 そのうち3つはすっかり観光地化されている「ひがし茶屋街(東廓)」「にし茶屋街(西廓)」「主計町茶屋街」である。整然とした茶屋街の街並みを見...

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金沢の赤線地帯・にし茶屋街裏「石坂」 (3)

観光都市金沢の表と裏の顔が隣り合う風景が見られる「にし茶屋街」に隣接する元遊郭・石坂のスナック街。今でも連れ出しスナックがぽつぽつ営業しているとの話も聞くには聞くが、昼間訪れても店自体が開いていないので確かめようがない。それよりも石坂が...

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金沢の赤線地帯・にし茶屋街裏「石坂」 (2)

金沢の観光地「にし茶屋街」に隣接する金沢市増泉一丁目界隈。昼間は普通の住宅地にスナックの店舗がちらほら見かけられる程の場所だが、昔から遊郭があり、現役でちょんの間が続いているという話もある、歴史的に金沢随一のピンクゾーンとして名を上げてきた...

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金沢の赤線地帯・にし茶屋街裏「石坂」 (1)

「北陸の小京都」の名を持つ金沢で最も風情を漂わせる、いたって観光向きな街歩きスポットとして知られる3つの茶屋街。「にし茶屋街」「ひがし茶屋街」「主計町茶屋街」の全てを訪れた。いずれも京都の祇園みたいなもんで、格式の高い料亭が立ち並ぶ芸者...

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阪和線に揺られて行く大阪の隠れたちょんの間桃源郷「信太山新地」 (3)

さらに新地の奥へと入り込む。車も入る事すらままならない細い路地裏にも「旅館」が密集している。基本的に営業は昼からの店が殆どで、深夜0時にはきっかり店を閉める。まるでシンデレラ状態。よって早朝にやってくると「普通の閑静な住宅地」へと姿を換え...

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阪和線に揺られて行く大阪の隠れたちょんの間桃源郷「信太山新地」 (2)

いわゆる「大阪五新地」の一つ、ちょんの間地帯「信太山新地」はJR信太山駅近くの何の変哲もない住宅街の中に突如として現れる。信太山新地の歴史は戦時中からあったそうだが詳しい歴史資料に乏しく具体的な経緯は不明な点が多い。戦後の赤線時代を経て...

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企業城下町「小松」の中心市街地 (4) 赤線の名残り

赤線地帯の名残りと言われる小松市清水町界隈。確かにその場所は今でもスナックや酒場、ピンサロまでもが密集する大人の盛り場といった趣きだが、基本的には古い住宅地がそのまま残っているだけで色街の風情はそれほど見当たらない。清水町のスナック街の...

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阪和線に揺られて行く大阪の隠れたちょんの間桃源郷「信太山新地」 (1)

天王寺駅から阪和線に乗っておよそ30分。和泉府中の一つ手前、信太山駅で降りる。自治体の区切りで言う所の大阪府和泉市にあたる。何も予備知識が無ければ、ここは大阪郊外のつまらない住宅地でしかない場所だ。信太山と言えば陸軍時代から続く陸上自衛...

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企業城下町「小松」の中心市街地 (3) 清水町界隈

小松駅近くの商店街から南西にある清水町・本折町界隈は古くからの遊郭の名残りで今も大人の歓楽街らしくスナックや酒場が密集する地域となっている。まず訪れた清水町の入口がこれ。道の両脇には...遊郭の大門を思わせる門柱がデーンと立っている。こ...

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女町エレジーに唄われた「生駒は悲しい女町」宝山寺新地の売春旅館群 (全2ページ)

ケーブルカー宝山寺駅を降りて少し歩くと、宝山寺参道の聖天通りに差し掛かる。ここから石段と旅館が立ち並ぶ独特な風景が続いているが、この場所こそが知る人ぞ知る「宝山寺新地」。普段何もない昼間などにこの場所を訪れても人通りも殆ど無...

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